2013年1月31日木曜日

日本が懐かしい (3) ああなつかしい、新潟の家

二日前から日本のことを思い出しながらブログを書いています。今回もぜひご覧ください。
僕は2001年に新潟の小さな産婦人科クリニックで生まれました。それから新潟を去るまで6年間この家に住んでいました。つまり生まれてからこれまでの半分はこの家で過ごしたことになります。とても大きい家でした。車庫も大きくて車二台分でした。
 この家は、僕たちが新潟を出るときに隣の家の人たちが買ってくれました。

2013年1月30日水曜日

日本が懐かしい (2) 新潟市 万代での兄弟げんか

 前回から日本を思い出しながら、何枚かずつ写真を載せています。今回もぜひご覧ください。


2007年。新潟市万代にて僕たち家族は昼食を取っていました。僕は少し暇になったので、兄と遊び始めました。

最初はただの遊びでした。



しかし・・・



だんだん本気になってきました。




最後はけんかになってしまいました。(笑)

2013年1月29日火曜日

日本が懐かしい (1) 新潟市

ああ、なつかしい。新潟市上新栄町浜(家から徒歩十分)
げりが治りました。でも毎日忙しい僕は、前も書いたようにブログを書く時間があまりありません。ですので、文章を短くできて、それでも面白い題材を探しました。そしたら、2007年のときの僕の写真を発見しました。今から五年前、僕はまだ新潟に住んでいました。父はこの年から東京で働きはじめました。僕は海が大好きでした。ああ、懐かしい、新潟市!!

2013年1月27日日曜日

げりをしています(泣)

つらいし寒いので、こんな格好で勉強しています。
今日はしっかりとしたブログを書くことができません。なぜならば僕は、げりをしているからです。朝早くから父と日本の勉強を勉強して、その後学校にも行っていますが、元気がないので学校以外の活動は休んだ方がよさそうです。しかし夕方には英語のレッスン控えています。申し訳ありません。(ちなみにネパールでは日曜は休みではありません)

2013年1月24日木曜日

先生から大金を渡されてしまった

 今日、学校のみんなとスポーツをしている最中に、一人の先生が僕の所に来て言いました(この先生は子どもたちの付き添いで来ていました)。
「このお金をスポーツが終わるまで預かっていてもらえる?先生ポケットないから。」
 大金です。すごい金額です。でも、正直に言うとこの金額はネパール人にとっては大金だけど、僕たち日本人から見たら特に何も感じない金額です。この先生はそういうことを知っていて僕に預けたのだと思います。ネパール人の子ども達には絶対に預けないと思います。
 僕はいきなり大きなお金を出されたので、さすがに緊張しました。
 スポーツが終わった後、返そうとしたら、
「もう少し持っていて。後で返してくれればいいから。」
 と言われました。仕方ないので家に持ち帰りました(今も家に置いてあります)。
 何か変ですが、なくさないように気をつけて、明日返したいと思います。ちなみに僕はこの先生が大好きです。

2013年1月23日水曜日

ああ、なつかしい。ネパールダンス

真ん中にいるのが僕

 僕は昨年から読売新聞のJキッズ通信というコーナーに、定期的に記事を書いています。タイとネパールのことについて、これまで三回の記事を書きました。さらに来週の新聞に四回目が発表され、来月か再来月の記事を今準備中です。
 右の写真をご覧ください。僕は数ヶ月前に、「先生の日」という僕たちの学校のイベントで同じ学年の友達と一緒にネパールの伝統的なダンスを踊りました。

夜の練習
 この日のために、僕たちは、毎日毎日ダンスを頑張って練習しました。

 本番の日舞台に出る瞬間、僕は心臓が止まるかと思うほど緊張しました。結果、僕たちは大成功に終わりました。このことについて新聞に書きました。ぜひご覧ください(リンクは↓です)。
本文です
本文ですhttp://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/children/jkids/20120804-OYT8T00602.htm

本文です

2013年1月22日火曜日

久々の大発表です(しかし父はずるをした)!!

 皆さんは、特に何も感じないかもしれませんが、何と父が突然ブログを始めました。学校から帰ってきたら「ほら」と言っていきなり新しいブログを見せられました。父は、
「ケイシに見習ってがんばってブログを書いてみる。」
と言っていました。僕は、まさか父がブログを始めるとは思っていなかったので驚きました。
ですが!!
父が、最悪なずる行為をしたのです。それは・・・
読者の皆さんが読んでくれると数字が増える、カウンターをご存知ですよね。父はコンピュータで何か操作をして、読者数を12000人からスタートさせたのです!!これはずるです。許されないことです。なぜ父がこのようなことをやったのかは分かりませんが、カウンターの合計は、一人一人の読者さんたちがブログを読んでくれて初めて増えるのです。僕のブログのカウンターはもうすぐ30000人になりますが、この数になるまでに14ヶ月間かけて300件近くの記事をかいたのです。それなのに父はごまかした!!父は、
「僕の記事はとてもたくさんの方々が読んでいる」
と言っていますがそれは言い訳に過ぎないと思います。
このブログはフェースブックに書いた記事をコピーしたものだと言っていますが、フェースブックとブログは別物です。僕はずるをする人は許せません。皆さんはどうですか?
これが父の新しいブログです→ http://ikes822.blogspot.com/

2013年1月21日月曜日

似顔絵を描いてもらいました

 僕は、ネパールの学校にたくさんの友達がいます。それぞれの子には、違った名前があり、違った才能があります。作文を書くのが上手な人、絵が得意な人、料理が得意な人、人それぞれです。
 ある日、僕は一人の友達に呼ばれました。その人は、とても絵を描くことが上手い同級生です。「ケイシの似顔絵を書いたからあげる。」
と二つ折りにした一枚の紙を差し出しました。僕が開いてみると・・・



 すごいです。とても上手く書いてくれました。それに、僕が以前、僕の名前である「慶志」という漢字を教えてあげたのですが、その漢字をたくさん練習してとても上手に書いてくれました。でした。本当に絵の才能がある子だな、と改めてすごいと思いました。これは、僕にとって最高のプレゼントです。本当にありがとうございました。

2013年1月20日日曜日

簡単に宣言をしてはいけないことを学びました

ああ、忙しい!!
何日か前のブログで、僕が今まで二年間外国で生活していて思ったことを書く、と宣言してしまいました。詳しくは→のブログをどうぞ。http://keishiseki.blogspot.de/2013/01/blog-post_10.html
 たぶん、皆さんは僕が予告した内容をとても楽しみにしているでしょう。ですが・・・・・・
今日から僕の学校が再開し、とても忙しくなってしまいました。もちろん僕は、皆さんの期待に応えたいです。しかし、僕はこれから帰国まで、そんなにたくさん時間をブログにかけることができません。ですので、二年間外国で生活しての感想は、帰国後になってしまうかもしれません。僕はネパールにいる残りの二ヶ月間、勉強やネパールの方々との合流に集中したいと思います。でも、ご安心ください。ブログは書き続けます。
 今回のことで僕は、そのときの気分で簡単に何かを宣言してはいけない、ということを学びました。本当に申し訳ありませんでした。

2013年1月19日土曜日

Unbelievable experience in a Himalaya village (英語投稿 シクレス村での信じられない経験)

 今回のブログでは、シクレス村(僕が二度ホームスティしたヒマラヤの村)に行ったときのことについて英語で作文を書きます。頑張って読んでみてください。英語の間違いもあると思いますが、気にしないでください。


  A few days ago, we went to a village called Sikles.  At 8 o’clock in the morning we arrived at the jeep station because the jeep was leaving at 8 o’clock. But our jeep didn't come. We waited for the jeep until 10 o’clock, and at last the jeep came. I thought it was the jeep but it wasn't. It was a truck!!    But still, we had to go to Sikles so we got on the truck.
 Usually the jeep arrives in Sikles in 4 hours, but it took 6 hours because the truck was so heavy. Surprisngly, there were 56 people on the truck.
 Finally, we arrived at Sikles at 4 P.M. We were so tired because of long journey by the truck. I didn’t want to move anymore and I never wanted to hear the word, truck.
   We did homestay at my friend’s house. They were so nice, so kind, and honest.
One hour after we arrived there, I felt like vomiting and I vomited three times. My father asked my friend,
“What will you do if you vomit?”
  He answered, “In our culture (he is Gurung), when we vomit we call one person who prays for you. Please wait.”
 After ten minutes, he came back with an old man. He asked my friend, “What is this child’s name?” My friend repeated my name many times. Then the man remembered my name. He started saying something including my name for a long time. First he prayed to the water and after he finished praying, I drank that water. Next he got wood and he put fire on that. Again he started pray with it. At last he said in Gurung language,
“Be betterrrrrrrrrrrr, Keishiiiiiiiiii.” And he left the house. I fell asleep as soon as he left.

 Next morning, when I woke up, I felt much better. I was very surprised and shouted to my father, “I am better now!!”
In my mind I repeated to say thank you, thank you to the old man who prayed for me. I think I recovered thanks to the old man.




2013年1月17日木曜日

驚きの持ち物検査

 数週間ほど前に、僕の学校で先生たちが生徒のかばん、及びスーツケースなど全ての持ち物の検査をしました。持ってきてはいけないものを持ってきていないか確認するためです。何人かの先生たちが突然、寮につながっている階段を上っていきました(僕の学校は、全寮制です)。
 二十分後・・・先生方が戻ってきました。手にはたくさんの物を抱えていました。いやな雰囲気だなと思っていたら本当いやなことが起こりました。
 二十代の若い校長先生は、寮から取り出してきた物を一つずつ見回し、怖い顔をしていました。なぜなら、持ってきてはいけないものがたくさん見つかったからです。特に、皆が一番驚いたのは、尿を入れたペットボトルがあったことです。これにはびっくり仰天でした。このようなものを僕は見たことなどなかったからです。
 禁止されているものを持ってきていた子には一人ずつに罰が与えられました。まずマーカーを持っていた子には、マーカーで鼻の下にひげを書きました。携帯やコンピューターの充電コードを持っていた人には、お金の無駄だと思うのですが、はさみで切って使えないようにしてゴミ箱に入れました。さらに!!尿をペットボトルに入れた子や、ナイフを持っていた子には、ものすごい罰が与えられたことです。その罰とは・・・
 ほおを一人二、三発ずつびんたしたのです!!それも先生が殴ったのではなく、校長先生が上級生に命令して、思いきり殴らせたのです!!!殴り音と殴られた子の泣き声が今でも耳から離れず、命令された上級生は悲しそうな顔も忘れられません。

 
 

2013年1月11日金曜日

二年間外国で生活していて思ったこと 予告編

僕たち関家は二年間タイとネパールで生活しました。この二年間、日本にいたらできないような経験をたくさんしました。
 日本への帰国まで後2ヶ月ちょっとです。今までは、その日起こった面白い出来事などを紹介してきましたが、これから僕は、ここで思ったことや、日本を離れて感じたことを書いていきたいと思います。楽しみにしていてください。
 
 
 

2013年1月9日水曜日

アラブ首長国(UAE)の首都アブダビ

 今回のブログでは、僕たちがドイツからネパールに帰国する途中に飛行機乗り換えのために立ち寄った場所での経験ををお話しします。立ち寄った場所はアラブ首長国連邦(UAE)と言う国です。
アブダビのモスクです。
乗り換え時間が約七時間あったのでUAEの首都、アブダビの町へ行き、六時間ほど滞在しました。
アブダビ空港のマクドナルド。ネパールにはマクドナルドはありませんので感動しました!!


 初めに訪れたのは、イスラム教徒がお祈りをする場所、モスクです。母によるとここのカーペットは世界一大きいそうです。僕はモスクのことはあまり知りませんので、ウィキペディアで調べてみました。ウィキペディアには次のように書いてありました。
モスクの中の世界最大のカーペットです!!
「この世界最大級のモスクは建築上の芸術作品であり、巨大で参拝者4万人を収容することができます。その特徴は、80個のドーム、約1000本の円柱、24金めっきのシャンデリア、そして1本1本の糸を手で結んだ世界最大の手織りカーペットです。そして礼拝堂本堂には直径10メートル、高さ15メートル、重量9トン以上といわれる世界最大のシャンデリアが人を見下ろすように吊るされています。最初に行われたモスクの式典は、このモスクに名を残し、ここに埋葬されたシェイク・ザイードの葬儀でした。モスクはその姿を映すプールに囲まれていて、その美しさを強調しています。印象的な白とゴールドは太陽の光の中で輝き、夜間はユニークな照明システムによって月の姿を映し出します。」
 
 次に訪れたのは王宮です。この王宮は長さは約一キロメートルもあるそうです。これまでどこでも見たことのないような豪華な雰囲気でした。「この中にいる人は生活はケイシが想像ができないほどぜいたくな暮らしをしている」と母が言っていました。
王宮の中にあるホテルです。
アブダビで滞在するのは短い時間でしたが、僕は心を打ち付けられるほどの衝撃を受けました。先進国のドイツ。資源がたくさんあってお金持ちのたくさんいるUAE、そして何もないネパール。なぜ国によってこんなに違うのですか??やはり僕には、まだ知らないことがたくさんあると思いました。
 

2013年1月7日月曜日

山のような日本食に感動しました!!

 今日、ネパールに戻ってきました。ドイツからの旅の途中で面白いことがありましたが、それについては、次回書きます。
 長い旅を終え、自宅であるゲストハウスに着いたとき、僕は疲れ果てていました。しかし、その時に、僕の疲れを一気に吹き飛ばしてしまうような驚くべきものを目の前に発見しました!!日本に住む皆さんには、特に何も思わないかもしれませんが、ネパールに住んでいる僕たちには、ものすごく感動するものでした。
それは!!
僕は、大量の日本食に囲まれて、とても幸せです。



 父の大学時代の仲良しの友達が、日本のインスタントライスやキャンディー、いろいろなお菓子にするめ、のりまで持ってきてくださったのです!!ネパールでは日本のものを手に入れるのはほとんど無理です。だから、この大量の日本の食品を見たときには、もう倒れるくらいに嬉しくなり、ウワーっと叫んでしまいました。僕の愛する「じゃがりこ」もたくさん入っていました。
このお土産を買ってきてくださった○○さんとご家族の皆さん、本当にありがとうございました!!感謝しながらいただきます!!

2013年1月4日金曜日

一年間の占い

出来上がり品です。
溶かしている最中です。
 ドイツでは、お正月に占いをします。その占いは、とても面白いです。まずは、占い専用の小さなものをスプーンに載せ、火で溶かします。十分に溶けたら、それを冷たい水に一気に入れます。すると、すごいことに一つの固まった物体になるのです!!それに何と、この物体は鳥、魚、ドラゴンなどの形になるのです。ドイツ人はこの形を見て、一年を占うのです。僕が最初にこれを見たときには本当に驚きました。
 また新しい国の新しい文化・習慣がを知ることができ、すごく嬉しくなりました。これからもたくさんのおもしろい習慣を見て、皆さんに伝えていきたいと思います。

2013年1月3日木曜日

あけましておめでとうございます!!

 初めに、前回書いたブログで出せなかった写真です。この写真の題名は、『笑顔』です(下の方が見えなくて、申し訳ありませんん。ちなみに、そこには笑顔の口の変わりに、ソーセージがついています。
皆さん。あけましておめでとうございます!!今このブログをいつも読んでくれる皆さんに、僕はいつも心から感謝しています。本当にありがとうございます。僕はまだドイツで毎日笑顔で、楽しい生活をしています。皆さんは、お正月はどのように過ごすのでしょうかね。年もよろしくお願いします。