2020年4月5日日曜日

高校卒業、そしてこれから・・・

 前回の投稿から約1ヶ月が経ってしまいました。この1ヶ月間、考えなくてはいけないことがとても多く、なかなかブログを書く気になれませんでした。しかし、話題はたくさんあるので、近日中に書きます。



 さて、僕は先月、3年間お世話になった高校を卒業しました。始めの頃はあまり学校生活に意味を見出せず、日本の教育はここがおかしいだとか、こんなことをしても何の役にも立たないだとか、ネガティブなことばかり考えていました(幼すぎたのです)。しかし、ある時僕の尊敬する方がこうおっしゃいました。

「意味があるかどうかを考えるのではなく、そこに意味を見いだせるかどうかだよ。何事も、まずはやってみることが大事」

その方のおかげで、まだ人生経験が浅い僕が、高校は意味がないと考える資格はない。まずは何にでも挑戦し、経験してみよう。それから考え直してみよう。そう思うことができました。そこからというもの、それまで僕の生活の中心にあった学校外での課外活動(詳しくは後日書きます)に限らず、勉強や学校行事にも全力を注ぎました。学校行事に関していえば、演劇(コンクール・文化祭で3年連続。うち2回優勝)、合唱祭で指揮者、生徒会長選挙に立候補(落選)、ESS(English Speaking Society)部長、”Water Boyz”として文化祭でダンス(2年間)など、とても多くの活動に関わりました。どれも一生忘れない貴重な経験でした。

 後悔が全く無いわけではありませんが、高校生活をやりきったと自信を持って言えます。いざ卒業してみて振り返ると、いかに高校という環境が素晴らしい場所かということが分かりました。特に、生涯付き合っていきたいと思える友達に出会えたことはとても大きいです。極端に言えば、3年間、同じ人達と強制的に同じ空間に閉じ込められて切磋琢磨するのが高校。その分、出来上がる絆の強さは言葉にできないほどのものです。そこで築かれた関係をこれからも大切にしていかなければいけないなと強く思っています。
 
制服がない学校なので、卒業式は皆スーツや袴などで着飾ります。



 勉強面に関しても、幅広い教養を学べるという点で、高校は素晴らしい。僕が通った高校の教育目標には「一般的教養を高める」という文言があるのですが、この言葉通り、理科は基礎4科目(地学・生物・物理・化学)、数学は3年生まで、社会は全科目が必修。あらゆる分野の基礎知識を得られるカリキュラムが組まれています。僕の知る限り、ここまで一般教養に重きを置く高校はさほど多くないと思います。そしてこれこそが僕が通った高校の強みだと思います。人生を実り多きものにするために教養は欠かせません。もし僕の後輩がこの記事を読んでくれているのなら、受験科目云々に関わらず、全ての教科に本気で取り組んでほしいです。僕もずっと大人の方々から言われ続けていましたが、いつかそれらの知識が想像もしなかったところで繋がるらしいのです。

 卒業式の日、尊敬する高校の先生からこう言われました。

「人生において正しい選択をしようとするのはもちろん良いこと。だがそれが大切なのではなく、自分がした選択を正しいものにするために努力することが一番重要」

この言葉を常に肝に銘じ、自分が選んだ道を突き進みたいです。

 最後に、これからの進路のことです。今ここに書こうかと思ったのですが、少し長くなってしまうので、次の記事で書きたいと思います。お楽しみに。

2020年2月29日土曜日

暴挙(全英連英語スピーチコンテスト)[動画あり]

 高校2年時、全英連(全国英語教育研究団体連合会)主催の英語スピーチコンテストに出場しました。そこで僕は、ある(自分自身に正直な)行動を取った結果、学校の先生を裏切ってしまいました。。

本番直前の僕


 このブログの読者で知っている人は少ないですが、実は僕は高校でESS(English Speaking Society)に所属しており、部長も務めました。僕の高校のESSは東京の中でも有名で、ディベートやスピーチなど毎年様々なコンテストに出場。特にスピーチコンテストは3年連続で全国大会に進み、昨年は僕の親しい友人が(海外居住経験なしの部門)全国2位に輝きました。 
 僕もスピーチコンテスト(海外居住経験者部門)に出場するチャンスを得て8月の原稿提出期限に向けて「勝つための」原稿を書き続け、ぎりぎり完成しました。そして予選(原稿審査)を通過しました。そこから2ヶ月はひたすらスピーチ練習です。スピーチコンテストは人生初だったので、立ち振る舞いからジェスチャーまで、学校の先生にたくさんのことを教わりました。
 しかし何度もスピーチ練習をしている内に、スピーチの内容に違和感を覚え始めました。「これは本当に僕が伝えたいこととは違う。ただ優勝するためだけに自分を繕ってしまっている。」
 練習すればするほど、自分の気持ちよりも予選通過を意識し過ぎた原稿になってしまっていたことを思い知らされました。
 このコンテストでは予選通過した原稿をそのまま発表しなくてはいけない規則のため、スピーチ内容の変更は不可能。だんだんやる気がなくなっていってしまい、学校の先生には「これからは1人で練習する」と嘘をついて家に帰ってしまいました。(先生、申し訳ありませんでした!)

 本番2日前。すでに準備万端でいなければならないはずなのに、僕は原稿の暗記すらできていませんでした。もういっそのこと棄権してしまおうか、そう思いました。しかしせっかくエントリーしたのだし、学校代表だし。じゃあどうすればいいのだ・・・。
悩みまくった結果、僕は暴挙に出ました。
原稿を一から作り直すことにしたのです(明らかなルール違反です。先生、申し訳ないです!)。せっかくの何百人もの人々に自分の思いを伝えるチャンス、心の中の思いをそのまま言葉にしたような、僕が本当に伝えたいことだけを伝えようと決意しました。そこから2日間はほとんど寝ることなく、かろうじてスピーチ原稿を書き上げました。
 上述のように提出した原稿の変更は認められないため、僕は新しいものを発表した時点で失格です。学校の先生にも嘘をついたことになり、さらに次年度の出場枠(僕の学校からは毎年2名)が減らされるかもしれません。それでも僕はどうしても自分の気持ちに嘘をつけませんでした。
 そして本番。僕は自分の思いを聴いていただく方々に届けることだけを目標にスピーチしました。映像を見ていただければ分かりますが、しばしば原稿に目を落としながらの拙いものでした。
終了後、すぐに学校の先生のところに謝りに行きました。絶対に怒られると思っていましたが「自分で決めたことはしっかり貫く。けいしらしいね。素晴らしいスピーチだったよ。」と言ってくださりました。本当に感謝しています。そして重ね重ね申し訳ありません。
 もちろん入賞などできませんでしたが、僕は自分の決断に満足しています。あそこで、違和感を持った原稿を発表したら、たとえ全国優勝しても悔いが残っていたと思います。

 僕のスピーチは、下のリンクから見れます。よろしければご覧ください。

2020年2月25日火曜日

僕は過ちを犯しました



 僕が過去に犯したある過ちを告白します。しかし、この過ちは結果として僕に大きな学びを与えてくれました。

 高校1年生の、冬のある日のことです。友達と渋谷を歩いていました。
たわいもない話をしていたその時、二十歳くらいの男性の方とすれ違いました。長身でおしゃれな服、透き通ったような白色の髪。僕は彼を見た瞬間、「自分もこんな人になりたい」と強く思いました。それからというもの、あの綺麗な白髪のことが忘れられなくなり、様々なヘアスタイルや髪色を調べているうちに、髪の毛を染めたい!という抑え難い欲望に駆られるように。白髪なんかにしてしまったら悪い意味で注目されてしまうかもしれない。いやでも、とてつもなくかっこ良い。どうしよう。どうしよう。
 
 悩むこと2ヶ月。兄から教えてもらった、MINIMOというアプリ(スタイリストになりたての方の練習台として非常に低価格でスタイリングをしていただける)でほぼ無料で髪を染められるお店を見つけました。もうここまで来ると欲を抑えようがありません。家族には内緒で(怒られそうで怖かったので)お店に向かいました。

人生初のブリーチ。
初体験に興奮しています

まもなく完成。わくわく。

ついに
完成?

白髪には染まったのですが、少しヤンキー臭がしたので、急遽ピンクに変更しました(今思えば一層ヤンキー臭が…)。
完成形を想像しながら、やばいかも...
と思い始めています。
(ついでに眉毛も染めちゃいました)

そして、完成したのがこちらです。


 お店の方にも似合っていると言っていただけたし、個人的にも「きまってるじゃん!!」と思いました。そしてお店を出て、最寄駅まで5分ほど歩きます。しかしここで、後戻りができない過ちを犯したことに気がつくことになるのです。

 気づけば、すれ違う全ての人の視線が僕に集中していました。もちろんピンク色の頭に。その視線は染める前のものとは違い、何か恐れられているようにも感じられ、僕は怖くなりすぐにフードを被って頭を隠してしまいました。

 家に帰った瞬間、兄は爆笑、母は呆れ顔。父は表情を変えないまま、僕を仕事部屋に連行しました。そして30分後...



反省している顔がひどすぎて
隠してしまいました(笑)

  父に閉店間際の薬局に連れて行ってもらい、すぐに黒染め...。
染めてみてから思えば、こんな髪の毛で記者としての取材なんてできないし(ヨミウリ・ジュニア・プレスの記者をしています)、これから出会う方々に悪印象を持たれ活動に支障をきたしかねません。心底自分はバカだなーと思いました。

 しかしそれと同時に、「やっぱり何事もやってみなきゃ分からない」と実感しました。結果的には失敗でしたが、どんなことでも挑戦してみることが大切だと思うんです。親にダメ出しされてしまうことでも、なかなか勇気が出せないことでも、面白そう!やらなきゃ後悔する!って思ったら、何が何でもとりあえずやってみる。食わず嫌いの人生を過ごしたくはありません。僕はこれからも、尊敬するスティーブ・ジョブズが仰ったように、HungryでFoolishであり続けます。 

2020年2月22日土曜日

Happy Life with Keishi、完全復活!!


 お久しぶりです。
最後の投稿からかれこれ2年近くが経ちました。このブログの存在を覚えてくださっている方も少ないかもしれません。
僕は今、高校3年生で、3月に卒業します。
この1年間は大学受験に精力をつぎ込んでおり、3日前に無事最後の試験が終了しました。進路については、すべての結果が出次第、改めて報告させてください。

 私のブログ「Happy Life with Keishi」は、小学4年生にスタートしました。これまでに、私の海外での生活や世界の様々な現状、私の考え、活動、私生活等、多くを記事にしてきましたが、中学生の頃からだんだんと投稿数が減り、気づいたらブログを書かない日々が続いていました。このまま過去の思い出としてこのブログは残り続けるのかと思っていました。しかし、ふと父によく言われていたことを思い出しました。
「けいしは、ハーフであることやネパールの貧困層の人々との生活体験のおかげで様々な価値観が心の奥底で融合している。これはほとんどの人にはないこと。だから君の心の中にある発想を発信しないともったいない」
この言葉を思い出した時、「あ、このままやめてしまえば絶対に後悔する」と確信しました。また、ブログというのはすごいもので、何年も前の僕が考えていたこと、やっていたことがすべて写真とともに鮮明に記録されているため、忘れた思い出も何歳になっても蘇ります。さらに、初対面の人にこのブログを見せれば僕という人間を知ってもらえるという良さもあります。そして何よりも、自分の考えや経験を多くの皆さんに伝えたい。こういう思いから、またブログを本格的に始めることを決意しました。

 僕の夢は、他の誰もが成し得ない偉業を達成し、後世に語り継がれる超超ビッグな人間になることです。そのために、これからも貪欲に学び、自分の考えを発信し続け、皆さんから多くのご意見をいただきながら人として経験を重ねたいです。

 これから、多くの皆さんに読んでいただき、刺激を与えられるようなブログをたくさん書いていきたいと思っています。何卒、応援よろしくお願いいたします!

2018年5月3日木曜日

「4.25」決して忘れてはいけない日(Mero Sathi!)

 マグニチュード7.8、死者9000人。
あの日、ネパールは壊滅的な被害を受けました。
ネパール大地震当時の写真。
実際に私の友達の多くも被害に遭い、亡くなった方もいます。本当に心が痛みました。
東日本大震災の3.11と共に、決して忘れることができません。
  
 震災直後、私たちはネパールのために何ができるのかを皆で考え、「Mero Sathi Project(Mero Sathi”は、ネパール語で“私の友達”という意味)を立ち上げました。
"Mero Sathi Project"第1回会議。



僕は当時中学生リーダーとして、

有楽町駅前での募金活動。緑のシャツを着ているのが僕です(当時中学2年生)。


大地震の10日後、JICA地球ひろばにてネパール緊急支援イベントを開催。

これらの活動に励みました。
Mero Sathi ProjectNHKのテレビ番組「くらし☆解説」にもこの活動を取り上げていただきました。
 あれから3年経った今、ネパールはどうなっているのでしょうか。残念ながら、崩壊した家屋が未だに再建されていない地域が数多く残っています。
JIJI.COMによると、「政府が見積もった復興資金約7060億ルピー(約7270億円)のうち、実際に投入されたのは6%程度。
日本に暮らす私たちの想像を絶する悲惨な環境で暮らす人々のことを思うと、胸が絞めつけられる思いです。
ネパールには、住んでいたので、思い出がいっぱい。友達もたくさんいるので、何かしたい。
 今の私にできることは、ネパールのことを決して忘れない、そしてネパールをひたすら応援することだと思います。
 
Mero Sathiバンド。1つ200円で販売し、頂いたお金を全額寄付金に。
 5月12日(土曜日)。東京市ヶ谷にあるJICA地球ひろばにて、Mero Sathi Projectの報告イベントを開催いたします。外務省とJICAが後援してくださいます。特に、僕と同じ高校生の皆さん。一緒にネパールについて考える機会にしましょう!当日来ていただいた人は、ぜひ僕に声をかけてください!!
 日本中の皆さんに伝えたいことがある。

以下のfacebookページから、参加予約を受け付けています。 
https://www.facebook.com/events/204993183589118/


2018年4月22日日曜日

僕の新聞記事 「ヘルシー 甘酒スイーツ」

 久しぶりなので改めてお伝えしますが、僕は中学1年から読売新聞社の読売ジュニアプレス記者として活動しています。(何と、読売新聞社の正社員と同じ社員証を持っています!)


 僕が取材した新聞記事が2017年8月5日(土曜日)の読売新聞夕刊に掲載されました。

 今回の記事は、熱中症対策として話題になった甘酒を使った「甘酒スイーツ」についてです。料理が得意でない僕でも簡単に美味しい甘酒スイーツを作ることができました。
ぜひ、家族みんなで作ってみてください。



2018年4月18日水曜日

春休みの振り返り(1)「全国高校生未来会議」

 こんにちは。高校1年生が終わりました。
春休み最初のイベントは、「全国高校生未来会議」。



 北海道から沖縄まで、全国のスーパー高校生100人と衆参議員の方々が参加し、今の日本について真剣に考え議論する2泊3日の大型イベント。僕は運営として参加しました。

 これまで僕は、両親や周囲の方々のおかげで小中高生ではめったに経験できないようなことをたくさんさせてもらいました。小4でタイに住み、小5ではネパール。英語も話せるようになり、タイ語も基礎は理解しました(タイに住めばすぐ話せるようになると思います)。そこで見たこと、感じたことをたくさん文章にしました。旅行も何度もさせてもらい、視野をどんどん広げていきました。それが自信でもありました。周りの人たちから「けいしはすごいね」と言われることも。これらことにはとても感謝しています。しかし一方で、自分には手も足も出ないようなすごい人たちがこの世の中には溢れていることを忘れて、図に乗っていた気がします。それを思い出させてくれたのが、このイベントだったのです。

 この3日間は、本当に衝撃の連続でした。全国高校生未来会議では、常にハングリー精神に満ち溢れ、自分からどんどん広い世界に飛び込んでいく高校生にたくさん出会いました。高2ながら既に自分の塾を経営する東京の人。政治家の事務所に自分で考えた政策を自ら発表しに行く北海道の人。事故に遭い、記憶を失って元々話せた英語とスペイン語を10歳にして話せなくなり、そこから英語、スペイン語だけなく日本語まで完璧に話すまでに勉強し、東大を目指す静岡の日本人とアメリカ人とのハーフの人(彼とは親友になりそうです)。

上記のアメリカ人ハーフ。

高校生ラップ選手権3位という実力の持ち主
高2の「MC MOGURA」さん。

 彼らの努力を目の当たりにして、ここしばらく心の迷いに揺れていた自分に「僕は何をしてきたんだろう」という後悔を感じ、唖然としました。多くの機会をいただいておきながら、それをたくさん無駄にしてしまってきたことを腹立たしくも感じました。

 このイベントでは高校生では交流するチャンスが滅多にないような方々も、僕たちと交流するために参加してくださっていました。例えば写真の稲田朋美さんは、衆議院議員で元防衛大臣。この地位まで上り詰めるためには相当な努力をされたと思います。

稲田朋美さん。  

 「全国高校生未来会議」は私に大事な決断をさせてくれました。
それは、しっかり学び続け、しっかりと考え、もっともっと自分の意見を世間に伝えること。これは、小学生の頃からブログで発信してきた僕にとって当たり前のことのはず。しかし、ここしばらくはこの「当たり前」をおろそかにしてしまっていました。これからは初心に戻り、自分の経験や想いを積極的に発信する。そのためにも行動を止めず、思ったことは全て実行してみる。そして、学校の勉強、興味を持つことなど、限られた時間を最大限に活用し学びまくる。

 何度失敗してもいい。何回でもやり直してみせる。

 僕は誰もが認める、誰も越えられないスーパー高校生になる。

自分らしく。

2017年8月6日日曜日

僕の新聞記事 『植村直己・著 青春を山に賭けて「夢実現へ 苦労も楽しさに」』

 皆さん、こんにちは。
僕は夏休みが始まり、毎日とても忙しい生活を送っています。
 さて、今回は6月24日(土曜日)の読売新聞夕刊に掲載された僕の記事を紹介します。

 今回は、1つの本を紹介するコーナーの記事の左下の「読んだよ」という感想文を担当しました。
 紹介させていただいた本は、1984年に国民栄誉賞を受賞した植村直己さん著の「青春を山に賭けて」。植村さんは、日本人初のエベレスト登頂をはじめ、世界五大陸最高峰登頂など素晴らしい功績を残した登山家・探検家です。この本は、植村さんが大学の山岳部で山の魅力を知り、お金がない中渡米して費用を捻出し、夢を追い続けた様子を自ら綴ったものです。目標を見つけ、それを追い続けることの大切さ、諦めないことなど、私たちの人生でとても大切なことをたくさん教えてくれる本です。ぜひ新聞記事だけでなく、本も読んでみてください。


2017年7月11日火曜日

僕の新聞記事 「街を守れ 任務幅広く」(警察博物館への取材)

皆さん、お久しぶりです。
最近はブログをあまり書かなくなってしまいましたが、ブログの存在を忘れたわけではありません。今は、学校生活にも慣れ、水泳部に所属して毎日一生懸命頑張りながら、ヨミウリ・ジュニア・プレスでの記者活動も継続しています。今回は、5月27日(土曜日)の読売新聞夕刊に掲載された僕の新聞記事を紹介します。
 これは、「警察博物館」という、警察の仕事や歴史を伝えたり、実際に警察の仕事を体験できたりする博物館です。
写真の中にいる僕を見つけることができますか?
ぜひお読みください。 

2017年3月15日水曜日

自己PRカード No.3 高等学校卒業後の進路について

 前回、前々回に引き続き、僕が高校の推薦入試のために提出した自己PRカードを紹介します。
今回は、「高等学校卒業後の進路について」(これが最後です)

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 私の将来の夢は、世界の貧困問題解消に役立つ人間になることです。私は小学生の頃にネパールで暮らし、現地の学校に通っていました。多くの友達は、家庭が非常に貧しくて学校を辞めざるを得ない人が後を絶ちませんでした。一番ショックだったのは、最も仲良しだった友達が退学して他の家庭の召使いになってしまったことです。私自信と彼らを比較し、生まれた国や家庭によって子どもの運命がこれほど変わってしまう現実に不条理を感じました。
 貧困を解決するためには教育、政治、宗教、民族など様々な分野の問題を解決していかなければなりません。だから今私がすべきことは得意、不得意に関係なくすべての教科に一生懸命取り組み、本や新聞も読みあらゆる分野の知識を得ることだと考えています。その上で、将来は世界中の子どもたちがしっかりと教育を受けることができる環境を築くことに貢献したいと強く望んでいます。
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2017年3月13日月曜日

自己PRカード No.2 中学校生活の中で得たことについて

 前回の記事からだいぶ日数が過ぎてしまったのですが、前回に引き続き、高校の推薦入試のために提出した「自己PRカード」を紹介します。

今回は、「中学校生活の中で得たことについて」です。

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 読売新聞社での記者活動に一番力を注ぎ、その経験から得たことが自分を大きく成長させてくれたと実感しています。多くの著名人や博物館、美術館、日本の高度な技術を紹介する施設の方々を取材し、新聞記事にするチャンスを毎月いただきました。第一線で活躍されている方々に共通していたのは、何度挫折してもくじけず、自分の目標達成に向かって地道に努力を重ねているということです。自分を信じてあきらめず、上手くいかなければ修正し、人の意見にも素直に耳を傾けながら長年にわたり同じ事に継続して取り組んでいる姿に心から憧れました。忍耐力、素直さ、自信、そして行動力。この4つを備えた人こそが何かを達成する可能性が高いということを学びました。

 私は記者活動において挫折感を味わう事が多々ありました。何度書いても企画書が却下されてしまった時には、心が折れそうになりました。しかしその度に取材した方々の一言一言を思い出して自分を励まし努力を続けることができました。今後もこの姿勢を曲げずに、夢の実現に向けて邁進していきます。
 
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2017年2月23日木曜日

自己PRカード No.1 志望理由

受験が終わってからちょうど3週間が経ちました。
今日から三回に分けて、高校受験(推薦入試)のために提出した「自己PRカード」を紹介します。

まず今回は「志望理由」。

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私の夢は、この世界から貧困をなくすことです。この壮大な夢を実現するためには、学力、語学力、コミュニケーション力、思考力、対応力など、あらゆる面で優れた人間にならねばなりません。
 そのために高校三年間、自分にとってベストな環境で必死に学び、日本のトップ大学に合格することを目指しています。同時に、部活動やこれまでにも取り組んできた新聞記者、国際協力活動にも積極的に取り組みたいです。貴校では、授業数が多く、授業内容も優れています。加えて部活動の時間が短めで通学も便利であるため、課外活動とも両立しやすい環境にあります。限られた時間を最も有効に活用でき、様々なスキルを身につけつつ進路目標を達成するためには、貴校で学ぶことが最も良い選択だと確信したので、入学を強く希望します。

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この写真は、僕が実際に手書きで書いたものです。